2025年10月のWTI原油は、5か月ぶりの安値圏(55ドル付近)を底に、55〜65ドルのレンジで底堅い値動きへと転換した。この転換を支えた要因は二つある。一つは米国によるロシア・ロスネフチへの追加制裁であり、ロシア産原油の供給に対する不確実性を高めた。もう一つは米国のSPR(戦略石油備蓄)積み増し計画の発表であり、政府による買い需要が下値を支えた。
しかし、この上昇を抑制する要因も同時に存在した。IEA(国際エネルギー機関)が2026年の世界石油供給過剰の拡大を予測する報告書を発表し、中期的な需給の緩みを市場に意識させた。この上押し要因と下押し要因の拮抗が、現在のレンジ相場の維持メカニズムである。
「制裁・SPRという短期的な供給リスク」と「IEAの中期需給見通し」という、異なる時間軸の要因が同時に作用しているのが現在の市場の特徴である。短期要因は価格の下値を支え、中期要因は上値を抑制する。この非対称な力学がレンジ相場を生み出している。
本月の最も重要な観察は、先物曲線が短期間に大きく変化したことである。その軌跡は以下の通りだった。
まず、月初はバックワーデーション(逆ザヤ)が縮小していた。現物供給の懸念が薄れ、近月価格の割高感が解消されつつあった。次に、曲線はフラット(横ばい)に移行した。買い要因と売り要因が拮抗し、曲線全体が水平に近い状態になった。その後、コンタンゴ(順ザヤ)へと転換した。IEAの供給過剰見通しが市場に浸透し、将来の供給余剰を先取りする動きが出た。しかし月末にかけて、再びバックワーデーションへと戻った。ロスネフチ制裁の強化と、ホルムズ海峡周辺の地政学的緊張が、短期的な供給リスクプレミアムを再び高めた。
一か月の間にバックワーデーション→フラット→コンタンゴ→バックワーデーションという完全な一巡を経験したことは、市場参加者の需給認識がいかに不安定な状態にあるかを示している。曲線の形状が安定しない状態では、特定の方向性に大きく賭けることはリスクが高いとみられる傾向にある。
この期間の曲線変動で特に注目すべきは、短期(6か月以内)と長期(6か月以遠)の動きが分化していたことである。短期の前端は地政学リスク(制裁・ホルムズ)に敏感に反応し、大きく変動した。一方、長期の後端はIEAの供給過剰見通しを反映して比較的安定したコンタンゴを維持していた。
短期と長期の温度差は、市場が「短期の不確実性(地政学)」と「長期の確実性(供給過剰)」を分けて価格に織り込んでいることを意味する。この温度差が解消される(前端と後端が同じ方向に動く)タイミングが、市場の構造転換のシグナルとなる。
2025年10月は、先物曲線が一か月で完全な一巡を経験するという、極めて不安定な市場環境だった。55〜65ドルのレンジは維持されているが、その内側では需給認識が大きく揺れ動いている。翌11月以降は、IEAの供給過剰見通しが現実化するのか、それとも地政学リスクが上回るのかという問いが、市場の中心テーマとなっていく。